THE FIRST TAKE のうまさ
◇ 音楽の消費行動
街を行けば、みんな耳にイヤホンをつけている。スマホやサブスク、無線イヤホンの発展で、音楽はより身近な存在になった。市場規模も年々拡大している。音楽にアクセスする人口が増加したのは確かなことだろう。
では、消費の増加に伴って、音楽の質も向上しているのだろうか?
◇ YouTubeのはやり
最近、彗星のように現れた人気チャンネルがある。「THE FIRST TAKE」という音楽チャンネルだ。
この企画は、アーティストのセルフカバーを「一発録り」="FIRST TAKE" するというもの。CD音源とは違った魅力を発見することができる。特に人気の動画である、LiSAの「紅蓮華」を聴いてほしい。LiSAの歌唱力に感動する。
◇ THE FIRST TAKE のうまいところ:アーティストにフォーカスする
もともと、こういう類の試みはあった。アコースティックver.を作ったり、生演奏を動画として公開したり。でも、この企画が違うのは、①動画であり、②アーティストにフォーカスを当てている部分である。
この情報過多社会では、音楽は際限なく消費される。その中では、視聴者は音楽にポップさを求める。だから、CMなどではキャッチーな音楽が選ばれ、本来曲が持つ複雑さを均質化してしまっている。そうなると、音楽はまるで、ロボットの自動作曲機能のようなつまらなさが生まれる。
その中にあって、THE FIRST TAKEは、動画というかたちで、曲の裏にいる「人間」を描く。また、動画の構成として、曲の前にアーティストの雑談部分を入れているのがいい。これによって、視聴者の関心は、曲だけではなく、曲の奥にいる人間、さらにはその人間の心にまで惹かれるようになる。
◇ 大量消費社会のアンチテーゼ
ポップアートには、大量生産・大量消費の資本主義社会を揶揄する部分があった。皮肉が込められていた。
THE FIRST TAKE も、皮肉的だ。音楽というものは、本来、歌詞が肝要である。言葉によって紡がれる世界の豊かさは、それをつくった音楽家の経験や思考に依存する。「音楽を聴く」という行為は、「本を読む」という行為に似ている。言葉を咀嚼し、その世界を理解し、そして自分との関係に落とし込む。
だからといって、全ての音楽を、本を読むように消費しろとは言わない。しかも、それはもはや音楽ではない。音楽と読書の違いは、その手軽さだ。
しかし、最近の世界は「やりすぎ」ということだ。あまりにも、ずさんな消費をしている。確かにみんな忙しくて、落ち着いて音楽を聴く暇なんてないだろう。移動時間中に、好きなアルバムをとりあえず聞き流すようなものだろう。
そこで出てきたTHE FIRST TAKE は、「少しは腰を落ち着けて音楽を聴こうじゃないか」という部分が、ウケているのだ。